HOME > キャスト

キャスト

キャスト

※写真左よりハリソン・フォード、ポール・ル・マット、キャンディ・クラーク、ゲイリー・カーツ(プロデューサー)、チャールズ・マーティン・スミス、シンディ・ウィリアムス。ポールが長髪である事からクランクイン前のキャスティングが決定した頃のスナップであろう。(1972年)

キャスティング・ディレクターはコッポラの元で『ゴッド・ファーザー(The Godfather)』(1972)でも担当を務めたフレッド・ルース。1972年に、約半年かけて12歳~25歳の数百人の若者を対象にオーディションを行いました。中には『スター・ウォーズ(Star Wars)』のルーク・スカイウォーカー役で知られるマーク・ハミルもいました。結果、リチャード・ドレイファスとロン・ハワード以外は新人ばかりで構成されるメインキャストになった事が功を奏し、自由奔放な若々しさが溢れるフィルムとなりました。
こうした経緯やエピソード、そして貴重なスクリーンテストの模様は、DVD及びBlu-rayの「メイキング」に収録されています。この映画は若手俳優達にとってチャンスであったと同時に、選ばれた彼等にとって、生涯の誇りである事に違いはないでしょう。

このページでは、主要キャストを紹介しています。その他のキャストについてはIMDbを参照してください。

目次

リチャード・ドレイファス(カート・ヘンダーソン)

  • Richard Dreyfuss (Curt Henderson)・・・1947年10月29日生まれ(当時26歳)
カート

主役。デューイ高校3年生、17歳という設定。ローリーの兄。町の団体ムース会から初の奨学金2千ドルを受けるほどの秀才。将来の夢は大統領補佐官になる事とケネディ大統領と握手をする事、とは元カノのウェンディの談。バミューダ調のマドラスチェックのボタンダウンシャツ越しにもわかるずん胴体型の老け顔の青年なのだが、容姿とは裏腹に元カノとの微妙なつきあいをこなしたり、ファラオ団にも認められる度胸があったりと、最後の夜とばかりに喜怒哀楽を興じたキャラクター。おかげで町を出る決意がついた?でも、ぶっちゃけパトカーを破壊したまま逃亡してしまった犯罪者でもある。ポンコツ扱いのシトロエン2CVに乗っている。ポケットの中のタバコはマールボロ

カート

数シーンで見られる彼のつま先立ちをするような屈伸ポーズは彼のクセだそうで、撮影現場で指摘されからかわれたとうエピソードがあります。またロケ中のホテルでは、ハリソン・フォードとポール・ル・マットに悪ふざけでプールに投げ込まれ、痣が残る顔のまま撮影されたシーンも見受けられる。アメグラ出演後には、『ジョーズ(Jaws)』(1975)、『未知との遭遇(Close Encounters of the Third Kind)』(1977)と続けざまに大役を務め、『グッバイガール(The Goodbye Girl)』(1977)ではアカデミー主演男優賞を受賞するほど彼の役者人生の中でも最も脂が乗っていた時代を過ごしますが、ドラッグ問題などでその後低迷。1950年代を描いた『スタンド・バイ・ミー(Stand by Me)』(1986)では作家を演じ(実際に作家としても活動)、ラストシーンでは見事に本作とオーバーラップする。

Richard Dreyfuss

Official Site
Twitter
ウィキペディア
allcinema
IMDb

ロン・ハワード(スティーブ・ボランダー)

  • Ron Howard (Steve Bolander)・・・1954年3月1日生まれ(当時19歳)
スティーブ

デューイ高校3年生、18歳という設定。ギンガムチェックボタンダウンシャツチノパンという当時流行のIVYファッションが優等生らしい。前年度の生徒会長でもあり、カートと並ぶ秀才。東部の大学への進学が決まっていたが、この最後の夜に結局彼女を選んでしまう。この辺のカートとの立場逆転劇がこのドラマの底辺にある面白さ。よほどのお坊ちゃんなのか、愛車('58年型インパラ)を友人(テリー)に預ける太っ腹っぷり。むしろ優等生までもがこうしたカスタムカーに乗るという当時の流行を表している。尚、原作ではメルズ・ドライブインのカーホップ、ブダーとの意味深なやりとりが描かれている。面接段階でミュージカルと聞いていたハワードは、尋ねてもいないのに「すみませんが、歌は歌えません」と宣言したそうです。ラストのローリーと抱き合う名シーンの一部始終は、陽がのぼる5分間の即興によるワンテイク。

スティーブ

今ではすっかりハゲあがってますが、『バックドラフト(Backdraft)』(1991)や『アポロ13(Apollo 13)』(1995)等を監督、2002年には『ビューティフル・マインド(A Beautiful Mind)』(2001)でアカデミー作品、監督賞などを獲得。近年では『ダ・ヴィンチ・コード(The Da Vinci Code)』(2006)などのヒット作で知られる大監督です。

Ron Howard

Official Site
Facebook
Twitter
ウィキペディア
allcinema
IMDb

ポール・ル・マット(ビッグ・ジョン・ミルナー)

  • Paul Le Mat(Big John Milner)・・・1952年9月22日生まれ(当時21歳)
ジョン・ミルナー

カート達の先輩で後輩思いの兄貴分のローン・レンジャー(デビーが例えた)は22歳。愛称は「ビッグ・ジョン」。ホップパーティを見下し、サーフミュージックを嫌い、この町で十分なんだと豪語して硬派ぶるわりにはナンパが大好き。デューイ高校出身でメカニックという設定だが、ナンパの最中「元ターロック高校」で「J.C(短大)」だと騙る。リーバイスを履き、Tシャツの袖にキャメルを巻き込み、爪楊枝を咥えてデュースクーペを転がす街一番のホットロッダー。知人からバンパーブラケットの溶接を頼まれるほどの腕を持っているようだ。

ジョン・ミルナー

名セリフ“Rockandroll's been going down hill ever since Buddy Holly died.”、行き場を失いつつもポリシーを貫くミルナーの姿に、ジョージ・ルーカスの特別な思いが込められているように思われます。ポール・ル・マットはボクサーから役者に転身しました。俳優名より役名が浸透してしまった人でしょう。キャラクター的にはルーカスの走り屋仲間をイメージしたともいわれ、現在でも神格的な人気があり、全米各地で催されるカーショーに参加しています。

Paul Le Mat

Official Site
My Space
Twitter
allcinema
IMDb

チャールズ・マーティン・スミス(テリー・フィールズ)

  • Charles Martin Smith(Terry "The Toad" Fields)・・・1953年10月30日生まれ(当時20歳)
テリー

デューイ高校3年生17歳、牛乳瓶の底のようなメガネをかけた軟弱そうな少年だが、背伸びをした分だけ災いを一手に被ってしまうお調子者。スティーブに借りた'58インパラをぶつけたりナンパしたり盗まれたりと、彼のシーンを繋ぐだけでもドラマになるほどの重要キャラ。トード(ガマガエル)がニックネームだが、デビーの前では「タイガー」とうそぶく。

テリー

冒頭のベスパをゴミ箱へ衝突させるシーンは、彼の運転の未熟さからの偶然の産物。よく見ると次のシーンではちゃんとスタンドされています。運転した事のない彼は撮影前に1時間ほどスタッフに特訓を受けたほど。当然NGかと思ったのだが、ルーカスはこれを採用しました。ルーカスは他にも自然なコミカルさ、ドキュメンタリータッチを求め、まるでNGを待っているかのようにあらゆるカットで数テイク収録したというのは出演者全員の語り草。酒屋で投げられた酒をテリーが間一髪で受け取るシーンなどは絶妙ですね。異色キャラのテリーのキャスティングが一番の難題だったといいます。こうしたキャラが後のティーンムービーには不可欠になったほど見事な抜擢でしょう。

バディ・ホリー・ストーリー

メイキングにて当時を振り返り、「ヘアスタイル」などを恥ずかしげに語るチャールズですが、「黒ピン」セーラーカラーのシャツにジーンズを着こなすファッションセンスへの評価はファンの間では非常に高く(スタイリストの手柄ではあるが)、『バディ・ホリー・ストーリー(The Buddy Holly Story)』(1978)では、ベーシスト役を演じ、1951マーキュリーをドライブしています。『アンタッチャブル(The Untouchables)』(1987)など'90年代初頭は数本の映画に出演。以降はTV俳優として現在も活躍している。

Charles Martin Smith

ウィキペディア
allcinema
IMDb

シンディ・ウィリアムス(ローリー・ヘンダーソン)

  • Cindy Williams(Laurie Henderson)・・・1947年8月22日生まれ(当時26歳)
ローリー

デューイ高校のヘッドチアリーダー。カートの妹でありスティーブの彼女という微妙な設定。スティーブとの初デートも初キスも彼女の方からアプローチしたという積極的な性格。カーディガンの肩のワッペン「62」は、「スクール・オブ・62」の意味。(原作ではスティーブに借りたレタード・セーターという設定なので大きめである。)1958年型エドセルを運転するが、親から借りてきたクルマという当時の少女らしさが暗黙の設定のように表現されている。

ローリー

何故にパラダイスロードでのクラッシュまで付き合うはめになったのか?女心は複雑ですね。10代らしいコロコロ心変わりする感情豊かな少女かと思いきや、『アメリカン・グラフィティ2』ではその起伏の激しさに磨きがかかっています。
彼女はローリー以外の役ならなんでもいいと思ったほどで、一時は出演拒否したそうです。「出演しないと後悔するよ」と説得したのがコッポラ。尚、彼女は後に『スター・ウォーズ(Star Wars)』のオーディションも受けている。(http://youtu.be/8Ob-k0Rr6Fg)

Cindy Williams

allcinema
IMDb

キャンディ・クラーク(デビー)

  • Candy Clark(Debbie Dunham)・・・1947年6月20日(当時26歳)
デビー

テリーにナンパされた娘。テリーの問いかけに「デューイ高校」だと答えるが、それは嘘で、もっと年上という設定。アルコールをせがんだり、複数の男友達の存在からカナリの「遊び人」であろう事が覗えるが、テリーの泥酔の世話までつきあってくれるという心優しさを覗かせる。原作では、テリーとの別れ際に「彼女はコニー・スティーヴンスよりもずっといい。」というテリーのつぶやきがある。

デビー

ブロンドのビーハイヴヘア(というかボウファント)にフレアのワンピース、舌足らずなキュートな声といたずらな笑顔にノックアウトされたファンは数知れず。名優ジャック・ニコルソン推薦のモデルだった彼女は、50's映画の面接と聞き、目立ったもん勝ちとばかりにドレスアップして出向き、浮いてしまったとの事。今でも年齢を感じさせないチャーミングな女性です。デカパン丸出しが功を奏したのか、彼女の出世作となりました。 テリーが彼女に酒代をせびるシーンで彼女は“Did you get it...”とセリフを噛んでいますが、ルーカスはNGにせずそのまま採用。また、'58インパラの発車号令“Peel out!” は、キャンディの直筆サインに用いられるフレーズにもなっています。『地球に落ちて来た男(The Man Who Fell To Earth)』(1976)ではヌードを披露。また、ちょい役ですが『反逆のヒーロー/ジェームズ・ディーン(James Dean - A Legend In His Own Time)』(1976)も50'sファンなら見逃せない。ポール・ル・マットと『Handle with Care』(1977)で競演。ジョージ・ルーカスが関わった作品としてはマイナーですが『笑撃生放送!ラジオ殺人事件(Radioland Murders)』(1994)にも出演しています。

コーニー・スティーヴンスサンドラ・ディー
テリー:コーニー・スティーヴンスに似てるね?デビー:私はサンドラ・ディーかなと
Candy Clark

Facebook
My Space
allcinema
IMDb

マッケンジー・フィリップス(キャロル)

  • Mackenzie Phillips(Carol)・・・1959年11月10日生まれ(当時14歳)
キャロル

ジョンに付きまとう女の子、13歳。現在の日本ならクルマに乗せるだけで誘拐に当たる年齢である。'55年型スチュードベーカーをドライブするジュディの妹。クルマを運河に沈めた事もあるという武勇伝を持ち、その「武器」であるシェービングクリームを携帯、ジョンと共に'60年型キャデラックを報復攻撃する(»参照)。火山が爆発したジョンに釣られ、明かした住所は「ラモーナ231番地」。ジョンに貰った想い出の品はエンジンの中のピストンを流用したシフトノブ。

キャロル

名曲『夢のカリフォルニア』で知られるママス&パパスのをジョンを父に持つ彼女は、キッズバンドでヴォーカルを務めていました。
水風船を顔面に浴びてしまったシーンはもちろんハプニング。思わず吹き出してしまったNGを採用。その後のキャデラックへのシェービングクリーム攻撃では自由に演じろとの事で借り物のクルマとも知らず大はしゃぎしたそうです。お洒落をしたかった彼女の衣装は最後まで大きなTシャツとジーンズ姿でがっかりしたそうです。ちなみにこのTシャツはSurfboards Dewey Weber。『アメリカン・グラフィティ2』ではデビーの友達レインボー役を演じる。

2008年8月27日、ロサンゼルス空港にて麻薬不法所持の疑いで逮捕され、同年10月31日有罪判決を受けた。翌年、回顧録「High on Arrival」にて、父親と何年も近親相姦の関係だったことを明かした。

Mackenzie Phillips

allcinema
IMDb

ウルフマン・ジャック(ウルフマン・ジャック)

  • Wolfman Jack(XERB Disc Jockey)・・・1939年1月21日生まれ(当時34歳)
ウルフマン・ジャック

法に背く海賊ラジオだからこそ?ファラオ団にも大いに支持されている。特にメキシカン系のカルロスは「メキシコから発信している」という都市伝説を信じて疑わない。とにかくティーンは皆ウルフマン・ジャックが大好きだ。 そんな謎に包まれた“XERB”DJ(ディスク・ジョッキー)、ウルフマン・ジャック。彼そのものの伝説をアピールするかのごとく実名で登場している(本名はボブ・スミス)。カートに旅立ちの決心さえ与えたほど、ある意味ストーリーの核となっている存在だ。“Get your ass in gear!”

ウルフマン・ジャック

実はアメグラの舞台である1962年当時は、ちょうど「ウルフマン・ジャック」のキャラクターが確立した頃だそうで、メキシコのラジオ局から強力な電波と共に「ザ・ウルフマン・ジャック・ショー」が全米に響き渡るには若干のタイムラグがあるようです。但し、劇中で若者達に噂されるような謎の存在であった事は確かだそうで、事実、アメグラ公開時の頃までは公に姿を見せない事でも知られていました。
また、劇中のラジオステーションである“XERB”は実在し、同局のカバーするエリアでの将来性を見込んで、ウルフマン自ら運営を指揮する事になったのは1966年の事。順風満帆の人生かと思いきや、わずか5年後にはスポンサーを失い“XERB”は崩壊してしまいました。
奇しくもどん底の時に、これまたどん底の若手監督ジョージ・ルーカスからの出演依頼が舞い込んだのです。彼は多少でも金になればと応じたわけですが、そんな“XERB”時代に収録した音源を惜しげもなく提供してくれた事が、映画のヒットと共に彼の知名度を不動のものにした事は言うまでもないでしょう。
映画公開後、彼は『アメリカン・グラフィティ』から送られてきた最初の小切手3枚で借金を帳消しにできたばかりか、晩年までロイヤリティは届いたといいます。アメグラに救われたウルフマン・ジャックは、こうした自伝を綴った「ハブ・マーシー!」を発表した直後の1995年7月1日、心臓病を患い他界しています。

尚、日本でTVでオンエアされた際のウルフマン・ジャックの吹き替えは「小林克也」版と「&桑田佳祐」版がある。(音源はこちら)

スザンヌ・ソマーズ(ブロンドの女性役)

  • Suzanne Somers・・・1946年10月16日生まれ(当時27歳)
ブロンド女性

カートが一目惚れした白い'56年型サンダーバード(Tバード)をドライブする謎の美女。ワーゲンを運転していたボビーの話では、宝石商ビーマン婦人、ファラオ団の噂話によれば、一晩30ドルの娼婦。

10代でシングルマザーになり、CMや地方モデルをしていたという彼女には、オーデションの2年前に微罪による逮捕歴がありました。その賠償金を得る為にもアメグラの出演は彼女にとって大きな賭けとなりました。しかし当時の彼女は一文無しで、オーディション会場へ向かう途中のゴールデンゲートブリッヂの通行料50セントさえ払う事ができず、代わりに口紅を預けたというエピソードがあります。こうして彼女はちょい役で136.72ドルの出演料を得たそうです。
キャスティングの面接会場はブロンドの女性ばかりだったそうで、Tバードの持ち主は彼女の運転を疑って片時も離れなかったとか。ラストシーンでカートが飛行機の窓から覗くと・・・印象的なシーンです。

Suzanne Somers

Official Site
Facebook
allcinema
IMDb

ボー・ホプキンス(ジョー)

  • Bo Hopkins(Joe Young)・・・1942年2月2日生まれ(当時31歳)
ジョー

不良グループ「ファラオ団」のボス。 アメグラの中では異色なクールガイ。カートの名をカールと呼んでしまうほど物覚えは悪いが、悪戯のひらめきと脅迫めいた説得力は天才的。

Bo Hopkins

BOHOPKINS.NET
Facebook
allcinema
IMDb

ファラオ団

ファラオ団

街の不良チーム。ギル・ゴンザレスの'56デ・ソートに傷をつけたとカートに言いがかりをつけ、カートを拉致した。前夜には仲間のトビー・ホアレスを殺したらしい。クールな'51マーキュリーをドライブするが、ガソリン代はゲーセンで調達という金欠状態。パトカー破壊の時の挑発の雄たけびは、“Stand by for Justice!”

ファラオ団が着ていたコートは、CAR COAT(カークラブジャケット)と呼ばれるアイテム。背中にはクラブ名の“PHARAOHS”が刺繍されていて、本作を機に「ファラオコート」と呼ばれるようにもなりました。これを手に入れたら「血の儀式」で晴れてファラオ団員になれるらしい。

マニュエル・パディラ・ジュニア (カルロス)

  • Manuel Padilla Jr. (Carlos)・・・1955年7月13日生まれ(当時18歳)
    • 8歳から芸暦を持ち数々のTVムービーに出演。『アメリカン・グラフィティ2』ではミルナー・チームのメカニック役でも登場している。2008年1月29日、55歳で他界。

ビュー・ジェントリー (アンツ)

  • Beau Gentry (Ants)・・・1941年1月11日生まれ(当時32歳)
    • 屁をこいてカートのせいにするが、ジョーに言いだしっぺの引導を渡される。

ハリソン・フォード(ボブ・ファルファ)

  • Harrison Ford(Bob Falfa)・・・1942年7月13日生まれ(当時31歳)
ファルファ

'55シェビーを転がす男。デュースクーペを「ションベン色(とヘド色の中間色)」と命名。テリーを挑発するシーンでは茶髪の女、ファラオ団に目撃されるシーンやジョンとキャロルとの口論シーンではブロンドの女とベッタリ、更にはローリーにまで逆ナンパされるというモテぶりを発揮。ファラオ団から「キザ男」と妬まれる。

ファルファ

色々なインタビューでも答えていますが、彼は当時役者よりも大工で生計を立てていました。この映画がきっかけで後の『スター・ウォーズ(Star Wars)』(1977)のハンソロ役へ、そして大スターとなりました。 撮影時、彼は髪を切るように頼まれましたが、カットが少ない事や他の仕事への影響を理由に(当時は長髪が一般的だった為に)出演を拒みました。しかし、カウボーイハットを被って出演する事で妥協したとDVDのメイキングで語っています。しかし、皮肉にもフォードなのにシェビーをドライブしています。 尚、『アメリカン・グラフィティ2』ではファルファは警官となって再び登場しますが、ハリソン・フォードはノークレジットでのカメオ出演となっています。

Harrison Ford

Official Site
ウィキペディア
allcinema
IMDb

管理人的解説

歴史的にティーンエイジャーが自分の意思を表に出せたのが1950年代以降の特徴。
ジェームズ・ディーンの作品然り、親との隔たりを描いた映画は多々ありますが、
この映画からはそれらの描写は見当りません。
親の愚痴をこぼすのはキャロルくらい。

意味深に描写されているのは街頭TVの『オジーとハリエット』。
典型的なアメリカのファミリー番組。
それをぼんやり見ているカートは“グレート・プリテンダー”に合わせて口ずさむ。

僕はただ陽気なフリをしてるだけ、ほんとはとっても寂しいんだ・・・

カートの心の葛藤と旅立ちの決意までがこの映画の主軸でしょう。

幻のように微笑んでくれたTバードの女は、さながら自由の女神、アメリカの象徴。
いざなう先に待っている泥沼の未来なんて教えてくれない。
追っても追っても遠ざかるばかり。

自分のような境遇を経験しているはずのウルフ先生のぼやきと、
その実、女生徒に囲まれ現状に満足しているような姿に答えは見つからない。

奨学金を推薦してくれた親戚を裏切ってまで仲間(ファラオ団)をかばい、
悪ふざけに興じてもカートの心は満たされなかった。

やがてウルフマン・ジャックに出会い、夢のような世界(つまり当時のアメリカの風潮)から現実を垣間見る。

気付いたら溜り場だったメルズ・ドライブインにひとりぽっち。
そしてTバードを見下ろしながら町から旅立つカート。。印象的ですね。


一方、何の不安もなく前向きにこの時代を謳歌している若者達の中、
過去を引きずっているのはジョン・ミルナーただひとり。
彼はベトナム戦争も知らず死んでしまう。この辺りの設定がシュールでしょうか。。

ページのトップへ

トップ 編集凍結差分バックアップ添付複製名前変更リロード 新規一覧単語検索最終更新  ヘルプ  最終更新のRSS
Last-modified: 2014-04-25 (金) 00:48:48